フィニッシュした松丸さん
昨年の水郷潮来トライアスロンで、1位でフィニッシュした松丸さん

Mr.イバラキカット ①

 鹿嶋市の会社員、松丸真幸さん(46)は、今年は9月に開催予定の水郷潮来トライアスロンで、過去13回優勝している。初優勝したのは20年余り前で、最新の記録は昨年。まさに鉄人といった戦績だが、競技姿勢に気負いはない。「マイペースにやってきただけ」と松丸さん。

 実績は、同大会以外にも多数ある。全日本トライアスロン宮古島大会など、国内のトップレベルの大会での優勝や、世界選手権への出場経験も。26歳から34歳までは、プロ選手として活動した。

 千葉県柏市で育った。意外にも、高校時代まで本格的なスポーツの経歴がない。東京の大学でトライアスロンを始めたのも、「友達づくりのため」だった。一転してトライアスロンに熱中した理由は、「まだ新しい競技で自由な雰囲気があったのが、僕には合っていた」。

 大学には、新聞奨学生として通った。学業と合わせて、朝夕刊の配達、集金、勧誘も役割だった。その合間に、ラン、バイク、スイムのトレーニングに励んだ。始めた当時、「水泳は25㍍泳げなかった」。

 みるみる力を付けた。大学3年で初めて、大会で優勝。卒業後は、サラリーマンをしながら競技を続けた。プロになりたい気持ちが高まり、2年で退社。その2年の間に水郷潮来トライアスロンに初出場、初優勝した。

 ずっと順風満帆だったわけではない。逆風の1つが、初出場からの4連覇を賭けた水郷潮来トライアスロンでの敗戦。以後、10年ほど同大会から遠ざかった。

 「連覇への意識を大きくしすぎて、ストレスになっていた。大会自体を楽しめなくなっていた。まだ若かったから」と松丸さん。

 トライアスロン自体は変わらず好きだった。その証拠に、同大会で、松丸さんを破った選手とも交流した。その選手は、その後、トライアスロン日本代表としてオリンピックに4大会連続出場した大洗町出身の田山寛豪選手。指導者になった田山さんとは、今も、本県のトライアスロン界の盛り上げのために手を取り合っている。

 そんな経験を経て、「マイペースを保ちつつ、全力を尽くすのが一番」という結論に達した。

 プロ選手を辞めたのは、リーマンショックが機だった。プロとはいえ、スポンサー獲得のために、選手自身も営業活動をする地道な世界。社会の経済状況には大きな影響を受けた。「選手として一番脂が乗った時期で、悔しくもあった」。それでも、競技から距離を置くことはなかった。鹿嶋市の企業に就職し、家族を持ってからも練習を重ね、大会出場も続けた。

 9月の水郷潮来トライアスロンの参加申し込みは、すでに済ませた。新型コロナウイルスの影響で大会の中止が相次いでいることもあり、楽しみで仕方ないという。

 「優勝できるなんて思っていませんよ。若い選手は強いから。でも、全力で挑みます」

 


 先行きの不透明な日々が続く。新シリーズ「ミスター・イバラキ」は、各地の頼もしい男たちをたずねて、元気をもらう。

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