常陸太田市棚谷町の岩間和男さん(82)はこの時期になると、自宅と、近くの畑で露地栽培したカンザキニホンスイセンを、同市、常陸大宮市、那珂市などの直売所に出荷している。満開の花と、多くのつぼみを抱く切り花の束だ。岩間さんは、「『露地栽培で、この時期に花が咲くなんて』と、驚かれることが多い。私にとっては、子どものころからの当たり前のことなのですがね」と話す。
畑は、かなたに、筑波山や水戸市の市街地、ときには富士山も見晴らす山の斜面にある。収穫は週に数回、午前7時ごろから。抜群の日当たりと、斜面の険しさもあって、少々の風でも、汗を拭いながらの作業になるという。出荷は1月中旬まで。
一帯は、岩間さんの先祖らが、江戸時代以前に開拓した土地であることが、墓誌から分かっている。父親の代までは、葉タバコ、ソバ、ムギなどを栽培して生計を立てていた。
岩間さんは、学校を出ると日立市の工場に勤めに出た。山裾のバス停からの長い時間をかけての通勤は大変だったが、「仕事に対する不満を言える時代じゃなかった」。週末に農作業を手伝うことは、楽しみだった。時折訪ねてきた同僚が、景色の美しさに感嘆の声を上げると、「やっぱりうれしかったよ」。
スイセンは、岩間さんが子どものころから庭の一角に育っていた。
「父も祖父も生活するのに精いっぱいで、花をめでる余裕はなかったはず」と岩間さん。どこからやってきたものかは、今も分からない。確かなのは、土地にぴったりと合った品種であること。肥料をやってみて、大きくなりすぎて困ったことがある。緑色の葉が、折れ曲がることなくぴんと伸びているのも、その証しだ。
定年退職してから数年で、出荷用のスイセンの栽培を始めたのは、先祖がつないでくれたこの土地の“幸”で、多くの人を楽しませたいと思ったから。
「今では、店に並ぶのを心待ちにしてくれる人がいる。お客さんと、先祖と、土地に感謝しながら作業している」と岩間さん。