
三味線の演奏に合わせて、唄と舞を披露して宴席に華を添える「水戸の座敷舞」が3月、水戸市の地域文化財に認定された。
水戸の座敷舞の歴史は江戸時代末期にさかのぼり、水戸藩9代藩主・徳川斉昭も好んだという唄もある。現在継承しているのは、水戸芸能士協会の5人の女性たち。認定を受け、「プロの芸能の技術を、後世に残したい」と、けいこに一層励んでいる。
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継承されている唄は12曲ほどある。斉昭が好んだというのは「水戸二上(にあが)り新内(しんない)」。「大工町小唄」は、同市大工町界隈の花街を盛り上げようとつくられた。
江戸時代以降、座敷舞を披露してきたのは芸妓(げいぎ)たち。水戸の芸妓は、下市、上市、谷中の3地域を拠点に、最盛期は300人ほどいたが、年々減少し、昨年時点で80代の老松さん1人になった。
同協会は、水戸のお座敷文化を継承しようと、2010年に発足した。中心となったのは、コンパニオン派遣業で、日本舞踊師範の安原保子さん(61)。仕事を通して、芸妓たちの舞や唄に魅了されていたことがきっかけだ。
老松さんを先生とし、自身の日本舞踊の教え子などを1期生にした。
1期生の悦子さんは、「姉さん(先輩)たちの座敷舞を見たことがある方から、『よく引き継げているね』とほめていただけることが一番うれしい」と話す。
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市の地域文化財制度は、文化財を広く知ってもらい、後世に守り伝えることを目的に18年に創設された。水戸の座敷舞は、近代以降の水戸の花柳界を物語る上で欠かすことのできない芸能とされた。
今後は、若者にも魅力を伝えるため、大学の学園祭などにも参加したいという。「この芸で生きていくという本気の人を、1人でも多く育てたい」と、安原さん。
11月15日には、地域文化財認定を祝う記念公演を、同市千波町のザ・ヒロサワ・シティ会館で開く。同会の活動は、同会のホームページ(https://www.mito-maikata.com/)で紹介している。