鹿嶋市神向寺の大久保石油店の店主、大久保亨一さん(54)のもう一つの顔は、プロの釣り人。専門は、砂浜からのルアー(疑似餌)を使ったヒラメ釣り。
冬のヒラメは、脂が乗って味が良く、釣り人の心をくすぐるが、寒風が吹き付ける浜辺は、厳しい釣り環境。大久保さんには、本業が繁忙期であるという壁もある。「それでも、釣りに行きたくて、うずうずする」と大久保さん。
プロとはいえ、釣りで現金収入は得ていない。ルアーをはじめとした道具の提供を受けて、テストして、その評価をインターネットで発表したり、イベントにコメンテーターとして参加したりする。
生まれ育った家は、同市の明石海岸から徒歩圏内。小学校低学年のころから、釣りに親しんでいた。一時、距離を置いたが、20歳代でルアーを使うブラックバス釣りを体験して、情熱が再燃。自分で釣り大会を企画するほど夢中になった。
ブラックバスは淡水魚。北浦をホームグラウンドにしたが、大久保さんが慣れ親しんだ本当のホームグラウンドは海。当時、海釣りでルアーを使うのは現在ほど一般的でなかったが、その可能性を独自に探ったことが、後にプロになることにつながった。
1月中旬。大久保さんは久しぶりの釣行で鹿島灘を南下した。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、しばらく自粛していた。
竿(さお)を出す前に、砂浜を歩き回った。素人にとっては、どこも変わらぬ海岸だが、波の形で海中の様子が手に取るように分かるという。
釣り場を決めると、テキパキと準備して、ルアーを投げた。膝近くまで海水につかっている。10数回繰り返すと、移動。そしてまた移動。途中、ルアーを何度も交換したり、竿を大きく動かして、ルアーの動きにアクセントをつけたり。
3時間がたったころ、あっさりと道具をしまい始めた。潮の流れが変わったことで切り上げることを決めたという。釣り用語でいうところの「ボウズ」。1匹も釣れなかった。だが、「久しぶりで、とても楽しかった」と、心から満足げだ。
大久保さんは、「釣果に一喜一憂したり、隣の釣り人と自分を比べるようなことは、ずいぶん前にやめた」という。大久保さんには、楽器のドラムやスキーなど、ほかにも趣味があるが、釣りと、それらとの違いに気づいたことも、気持ちを変えるきっかけになった。「釣りほど、ビギナーズラックが多い趣味はないんじゃないかな」。ボウズの大久保さんの隣で、初めて釣りに来た少年が、大物を釣り上げることも、当たり前にあるという。
だから、「釣れなかったときも、その日の釣りを振り返って課題を見つけて、もっとうまくなるきっかけにする。すべてはご縁で、必然なんです」と、プロの顔で話した。
〈シリーズ終わり〉