家族の海岸物語 継続中 大震災後に開店した「釜めし処みなみ」
釜めし処みなみの店頭に立つ石井さん夫婦

 日立市の河原子海岸の海岸通り沿いにある釜めし店「釜めし処(どころ)みなみ」は、同浜で100年近くにわたって観光客らを出迎えた旅館「美波(みなみ)館」の跡地に立っている。切り盛りするのは、同旅館の4代目になるはずだった石井伸博さん(59)と、妻の佳代さん。

 美波館は、東日本大震災の津波を受けて閉館を余儀なくされ、釜めし処みなみは、その2年後に開店した。伸博さんは、「50歳を過ぎてからのスタートに不安もあったが、いまはこの道が正しかったと言い切れる」と話している。

 同店の釜めしは、羽釜で炊き込んだご飯に海産物を敷きつめるタイプで、見た目の華やかさも自慢。佳代さんと、姪で店を手伝う児玉磨奈さんは、SNSを介した店のPRにも積極的で、コロナ禍以前には、主にSNS経由で集まった応援団の協力で、店内で音楽ライブやものまねショーを開くこともあった。

 伸博さんは、高校卒業後に料理の道に入り、東京のホテルなどでも腕を振るった。20代の後半で本県に戻ってからは、家業を継ぐ準備を兼ねて、高萩市の飲食店に勤めた。

 「家業が続けられないことは、被災した旅館を見たとたんに理解した」と伸博さん。すぐに抱いたのが、せめて「みなみ」という名前を残したいという気持ちだった。

 だが、釜めし店の開業に積極的だったのはむしろ佳代さん。先祖に恩返ししたいという気持ちも、夫を独り立ちさせたいという気持ちもあった。「あとは『何とかなるさ』という思い。女の方が覚悟を決めると強いもの」と佳代さんは笑う。

 震災発生から間もなく10年。開店当時はまだ、被災地の様子が色濃かったが、今は、海岸通りにカフェやダンススタジオがオープンするなど、明るい雰囲気になった。

 夫婦の間では、「店もそうだけど、河原子全体を盛り上げたいという気持ちが大きくなっている」という。SNSで多くの人を集めるのも、その気持ちの表れだ。「地元に根を張って、少し大人になれたのかな」と伸博さん。

 母は、震災後に病を悪化させて他界したが、父は施設で元気に暮らしている。

 父は、見舞う度に伸博さんの店を心配するという。「『お客さんを大切にしろよ』が決まり文句。私の方が父を心配して見舞いに行っているんだけど、参っちゃう」と伸博さん。

この記事が気に入ったら
フォローしよう

最新情報をお届けします

Twitterでフォローしよう