やりきるために、リングへ 高校生プロボクサー中根さん(茨城・鹿嶋)
サンドバッグに向かう中根さん

 県立鹿島高校3年、鹿嶋市の中根潤さん(18)のもう一つの顔は、プロボクサー。先月、東京・後楽園ホールで行われたデビュー戦では、惜しくもTKO負けを喫したが、「気持ちは折れていない。なるべく早い時期に再起戦に挑みたい」と意欲満点だ。

 一方で、「世界で活躍できるビジネスマンになりたい」という堅実な目標を持つ。春に高校を卒業した後は、9月を待って、台湾の大学に留学する予定でいる。

 身長165㌢と小柄ながら、小学生のころから運動神経抜群だった。小学生の陸上競技県大会では、本格的な練習をしていなかったにもかかわらず、走り幅跳びで4位に入賞した。

 格闘技の入口は、中学入学と同時に始めた空手。その世界でも、表彰台に立つことが多かった。

 「けりよりパンチが得意だったから」と、高校から、舞台をリングに変えた。同市宮下の鹿島灘ボクシングジムに入会した。

 当初からプロを目指したわけではなかった。アマチュアの大会を目標に練習に励んだが、新型コロナウイルスの影響で中止が続いた。方向転換したのは、情熱を抑えきれなかったため。今年6月、2度目のプロテストで合格した。 

 デビュー戦の相手は、20代半ばの「大人」。世界チャンピオンを目指していると聞いていた。「高校生なんかに負けてたまるか」という決意は、はっきりと見て取れた。

 自分のやるべきことをしっかりと決めることで、心の平穏を保つのは、空手時代に覚えたことだった。決めていたのは次の3つ。「ガードを下げない」「パンチを上下に打ち分ける」「力まない」。

 顔面にパンチをもらって動揺しかけたときも、パンチを決めて油断しそうになったときも、忘れなかった。

 TKOは、レフリーの制止で試合が決するもの。3ラウンド目の終盤、スタミナ切れから、パンチを出せなくなっていた。

 「プロのリングに立てただけでも幸せ」と思えたのは数日間だけだった。「あのときああすれば」「階級を落として戦えば」、次に勝つ方法ばかりが頭を埋めた。自分でも予想できなかった感情に背中を押され、所属ジムに次戦のブッキングを願い出た。

 サンドバッグに向かうときも、シャドーボクシングをするときも、目の前で躍動する敵をしっかりと思い描く。

 「どんな瞬間も本気でないとだめ」。ボクシングに学んだことだ。いつかボクシングを辞めた後にも、心に留めておきたいと思っている。

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