手仕事がつなぐうまさ 矢口商店の伊藤さん(茨城・神栖)
加工場の前で商品を抱えた伊藤さん

かしまなだにて

 神栖市波崎の伊藤克浩さん(45)は、家業の水産加工業「矢口商店」の5代目。同社の看板商品は、サバの干物の「とんでもないサバ」。かつて東京近郊で、出張販売したときに、飛ぶように売れる様子を見た人が「とんでもないサバだなあ」と漏らしたのが、ネーミングの背景。「いつも、そうではないけど」と苦笑いする。

 両親と妹とで経営するため、仕入れ、加工、販売など、幅広い仕事をこなす。「この仕事についたころは、『会社をどんどん大きくしてやるぞ』、なんて意気込んでいたけれど、ずいぶん変わった。『おいしいね』って言ってもらえるのが一番うれしい」

 

 千葉県銚子市と交流の深い波崎地区は、歴史ある港町だ。伊藤さんが子どものころは、「魚は買う物じゃない」というのが常識だったほど、地域に魚があふれていた。

 サンマやサバの収穫時期には、文字通りにあふれた。「大通りのカーブなどには、トラックの荷台から落ちた魚が山になっていた」。

 そこで成長して、東京の大学に入学。友人に、地図上のふるさとの場所を伝えると、「そんなに先まで、人が住んでいるのか」と驚かれた。

 卒業後は、東京で食品関係の会社に就職した。いつかは家業を継ぐものと、ぼんやりと思っていたが、東京の暮らしに慣れていく中で、心変わりもしていた。

 転機は、仕事中に起きた。会社の仕事として出向いたスーパーの鮮魚売り場に、実家のサバの干物を詰めた箱が積み重なっていた。

 「たまたま仕入れただけなら、驚くだけだったけれど、『このサバを探していた』と喜ぶお客を見て、親父たちが守ってきたものって、すごいなと思った」

 ちょうど、鹿嶋市でサッカーのワールドカップが開催された時期。「サッカーが好きなので、それも少し影響しています」と笑う。

 

 加工場には、遠方の食品関係者が、加工技術を学ぼうと研修に来ることが多い。客らに「おいしさの理由を教えてよ」と問われることもあるが、長い間、困惑するばかりだった。「親父に教わったことを続けているだけだし、親父もそうらしいし」

 キャリアを重ねて気付いたのは、地道なことの積み重ねこそが、独自のおいしさをつくりあげているということ。

 家族経営で、生産量が限られるため、加工場の機械化はごく一部。結果、原料の魚の扱いに細かな配慮が行き届くことになり、おいしさにつながっているという。

 2人の子が家業を継ぐかどうかは、まだ分からない。「どうなるんでしょうね。私の転機のようなことが、子どもたちにも起こるのかなあ」

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