駅前の心の交差点 朝8時開店「大子駅前そば店」(茨城・大子)
天ぷら月見そばを客に届ける戸谷さん。直前に刻んだネギが山盛り

 JR常陸大子駅からすぐ近くの「大子駅前そば店」の営業時間表示は、次のように柔軟だ。

 “午前8時(準備が整い次第)~午後3時(祭事があるときは限らず)”

 朝の営業を担当することが多い戸谷説子さん(68)は、だいたい5時過ぎに来て、仕込みに入る。

 「7時ごろになると、のれんを出してなくても声がかかる。『いい?』と聞かれれば『いいよ』って言っちゃうよ」。やがて、客が客を呼んでゆく。

 

 戸谷さんが、この店に立って27、8年。その間、店と駅前の風景は大きく変わったという。当初の客の中心は、地元の高校生たち。朝と夕に必ず顔を出し、「いってきます」「ただいま」を繰り返す生徒もあった。いまは、高校生はほとんど来ず、平日は働く男たち、週末は観光客が中心だ。

 メニューにも変化があった。当初はかけそばとうどんを軸に数種のみだったが、カレー、カツ丼などと、セットメニューも加わり、どんどん豪華になった。戸谷さんらは、できる限り手作りで提供。開店前にやって来る客の一部には、その時間であれば、揚げたての天ぷらを食べられることを知っているという。

 

 何も変わらないのは、駅そばならではの客の回転の良さと、飾らぬ交流。

 戸谷さんは、「長い間勤められたのは、たくさんの人と楽しく関われたから。言葉を交わさないお客とだって、心がつながった気分になってうれしいもの」。

 鈴木三男さんは、JRの列車の運転手。この日は、早朝勤務を終えた後の、ひさしぶりの来店だった。「ささっと食べられるのがありがたい。各地の駅そばが閉店する中、生活の中心にあるこの駅に残っていて助かる」

 隣の常陸大宮市でスクールバスの運転手をしている蓮見克人さん(54)も、朝の仕事を終えてやって来た。「ずっとこの町にいるから、この店の前身の店も知ってるよ」

 谷田部勝さん(63)は、夜勤明けに必ず、妻を連れて来店するという。最初にのれんをくぐった動機は、「駅そば自体が懐かしくてね」。

 原風景は、横浜で働いていた20代の頃に、帰省途中の水戸駅で食べた駅そば。どんなに寒い日でも、一口すすると心まで暖まった。

 「ふるさとの大子で暮らすようになって、ここに来たら同じ味がした。初心に帰ったようでうれしかったんだ」

 夫婦の子どもも常連で、戸谷さんのことも「かあちゃん」と呼ぶという。「孫も来るから、3世代でこの店が大好きなことになる」と笑った。

大子駅前そば店
大子町大子987の7。午前8時~午後3時。手作りおにぎりやいなりずしも販売。
☎︎0295・72・5932

 

〈シリーズ終わり〉

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